寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽(サントリー美術館) [美術展]

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寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽
2018年2月14日(水)~4月8日(日)
サントリー美術館

「寛永文化」って聞いたことはあるけれど、これといったイメージはありません。だからこうやって展覧会で特集してくれるのは有難いです。小堀遠州、野々村仁清、狩野探幽が寛永文化を代表する御三家なんですね。ふむふむ。あんまり共通点があるようには思っていなかったけれど、実際はどうなのかしら。

入り口で迎えてくれるのは、チラシのメインイメージにも使われている野々村仁清の「白釉円孔透鉢」。黒い壁の展示室の中央、透明度の高いガラスケースに納まっています。そのガラスが合わせ鏡になって、正面左右に6~7個の白い透鉢が小宇宙に浮かぶ天体のように写っていていました。まるでモダンアート。

仁清といえば、お花をモチーフにしたカラフルで大ぶりな茶壺のイメージですが、今回の出品作の多くは小さくてシンプルな茶碗や水指。きっと国宝や重要文化財に指定されるような作品は大げさな作品になりがちだから、今まで見てきた仁清は仁清のほんの一部だったのかもしれません。

狩野探幽は門人 桃田柳栄の筆と伝える肖像画を始めてみました。いかにも職人といった好感の持てるお顔。ちょっとしゃくれた顎(あご)がまたいいです。探幽も権力者に求められて派手で大きな作品を作らざるを得ないケースもあったのでしょうが、根っこのところは淡泊で余白の多い作風ですね。派手好きのおじいさん永徳とは明らかに違います。

小堀遠州はつかみどころがありません。ベール越しにしか見せてもらえないような、もやもやした感じです。そういうところも含めて寛永的なのかな。

寛永文化のプロデューサー的役割をはたしたのが後水尾院と金森宗和なんですって。この2人とも京都の人。だから、すっきりと控えめで、ちょっと近寄りがたいところがあるのかも。この後、元禄時代になると文化の中心は江戸に移っていくから、京都が最後のきらめきを放ったのが寛永文化なのかもしれないです。


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坂本龍一 IS YOUR TIME|谷川俊太郎展 TANIKAWA Shuntaro [美術展]

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坂本龍一 with 高谷史郎|設置音楽2 IS YOUR TIME
2017年12月9日(土)~3月11日(日)
NTTインターコミュニケーション・センター

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谷川俊太郎展 TANIKAWA Shuntaro
2018年1月13日(土)~3月25日(日)
東京オペラシティ アートギャラリー

絵画の美術展めぐりにマンネリを感じて、少し毛色の違う坂本龍一氏と谷川俊太郎氏の展覧会に行ってみました。音楽や文学をどう見せるのか、どう感じるのか、まったく予想がつきません。

IS YOUR TIMEは坂本龍一氏と高谷史郎氏によるインスタレーション作品。真っ暗闇の部屋に入って好きな場所に座りこみ、両側に並べられたモニター映像を見ながら、スピーカーから流れてくる音楽に身を委ねます。その映像と音楽は予定不調和なもので、おどろおどろしく、恐怖をあおるよう。部屋の奥には東日本大震災の津波で被災したピアノが置かれていて、たまにピアノの音階が鳴らされます。坂本氏ならいくらでも心地よいメロディーを作れるのでしょうが、それでは表現できないことがあるのでしょう。震災直後の不安ややり切れなさを思い出しましたが、それがリアルな感情として湧きあがってくることはなく、忘れやすい自分自身を戒められる気がしました。

谷川俊太郎展は谷川氏ゆかりの品々からご本人の人となりが紹介されています。私自身はそもそも「詩」があまり好きではないのですが、谷川氏の詩だけは例外。教科書や新聞で目にする言葉に深く感銘を受けてきました。その理由が谷川氏の詩は自意識ではなく自己肯定から生まれてきたものだから、とわかったような気がします。

バカボンとコラボした詩
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音楽や文学はストレートに感情に迫ってきますね。美術はいったん解釈が入ってから、感情のスイッチが入るのに対し、音楽や文学はスイッチなしという感じがします。最近、私自身は小説を読んだり、音楽を聴いたりしなくなっていて、感情を大きくゆさぶられることが少なくなっています。さらに美術はどうしても過去(歴史)に目が行きがち。それって今を生きることから目を背けている面があるのかもしれないな、と考えさせられる機会になりました。


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